いま起きている現象の観測
かつて「中心」にあることが価値だった。
大企業、大都市、大規模メディア、大量生産。
すべての価値が中央に集約され、周縁はその恩恵を受ける側として存在していた。
しかし、今の社会ではその構造が静かに反転しつつある。
SNSでは無名の個人が発信力を持ち、地方発のブランドが都市よりも支持を得る。
少量生産のハンドメイド商品や地域コミュニティのサービスが、全国規模の企業よりも信頼を集めるケースも珍しくない。
それは単なる「地方の時代」ではなく、価値の立ち位置そのものが入れ替わりはじめた現象だ。
中央が強いのではなく、中央でなくても機能する時代。
価格・信用・影響力が、中心から外側へとじわじわ流れている。
なぜそれが起きるのか(価格・信用・立ち位置)
この反転の背景には、「中央の希少性」が薄れたことがある。
かつて中央は情報・資本・流通を独占していた。
情報を発信できるのは限られた媒体、資金を動かせるのは金融機関、
モノを届けられるのは大手流通網。
だがいまは、情報も販売も決済も、個人の手の中にある。
スマートフォンひとつで、誰でも商品を売り、支援を受け、影響を広げられる。
中央が持っていた「中継点としての価値」が、ネットワーク構造の中で分散された。
価格もまた、中央ではなく周縁で形成される。
SNSやプラットフォーム上で評価される価値は、ブランドよりも“個人の信頼”に依存する。
同じ商品でも、誰が紹介するかによって価格が変わり、
誰が発信するかで「買う理由」が変わる。
信用の蓄積も、中央ではなくネットワークの中で起きている。
評価やフォロワー、レビューや共感が、中央管理ではなく周縁の結節点で積み重なっている。
そこでは、立ち位置が中央であることは必ずしも有利ではない。
むしろ“距離が近い”こと、“顔が見える”ことが信頼を生む。
前提条件はどこで変わったか
この構造が変わり始めたのは、情報の「独占」が崩れた瞬間からだ。
2000年代のインターネット普及期において、誰もが発信できる環境が整い、
2010年代のSNS時代に入り、情報の流通速度が中央を超えた。
同時に、経済の分散化も進んだ。
クラウドファンディング、D2C(Direct to Consumer)、個人クリエイター経済。
これらは、中央の承認を経ずに経済活動を成立させる仕組みだ。
さらに、テレワークや地方移住の拡大により、物理的な“中央”の意味も薄れた。
地理的な中心と経済的な中心が一致しなくなったことで、
「中央にいなければ価値がない」という前提が静かに崩壊した。
前提条件の変化とはつまり、情報・資本・信頼が分散化されたということだ。
それに伴い、価値の立ち位置が中央から周縁へと、ゆっくり反転しはじめた。
この構造が続いた場合どうなるか
このまま反転が進むと、社会は“中心のない構造”へ向かう。
誰もが周縁であり、同時に小さな中心を持つようになる。
ネットワーク型社会においては、影響力は一極集中せず、点と点のつながりの中で揺らぎながら存在する。
価格の形成もまた、分散的になる。
市場価格よりも“コミュニティ価格”が優先され、
信用を共有する集団ごとに異なる経済圏が生まれる。
立ち位置として有利なのは、「中央を目指さない人」だ。
むしろ周縁に留まりながら、複数の中心とゆるやかにつながる人が、
経済的にも心理的にも安定する。
中長期的には、“中央の正しさ”が相対化される。
大きな組織やメディアは、存在意義を問われながら、
より小さく、柔軟に、信頼を取り戻す方向へと変化するだろう。
それは「中心が消える社会」ではなく、
中心が無数に存在する社会への移行である。
判断は読者に渡す
価値が中央から周縁へと移りはじめた社会では、
“中心にいる”ことと“価値を持つ”ことは、もはや同義ではない。
むしろ、どこに立つかより、どんな関係を築けるかが問われている。
中央の崩壊ではなく、立ち位置の再分配が進んでいるだけかもしれない。
お金、信用、情報、影響力。
それらが分散する中で、社会全体の構造は静かに変わりつつある。
この変化がどこへ向かうのかは、まだ見えない。
ただひとつ確かなのは、
「中央に集める時代」から「つながりで保つ時代」へと、
価値の立ち位置がゆっくりと反転しているということだ。
