学歴による収入差が「格差」から「構造コスト」へと変質している
大卒と高卒の平均年収には、今もなお明確な差が存在している。
厚生労働省の統計によると、
40代の平均年収は大卒が約600万円、高卒が約450万円前後。
数字だけを見れば、この差は「学歴による格差」として語られてきた。
しかし近年、この差は“単なる格差”ではなく、
社会全体の信頼構造を維持するためのコストとして機能し始めている。
大卒という肩書きが、雇用者にとって「安心して任せられる印」として
組織内の信頼を代替してきた時代。
だが今、スキルや実績が可視化される社会の中では、
その信頼の保証は“学歴”という形式から“実装”へと移りつつある。
つまり、大卒の収入の高さは「能力への報酬」ではなく、
**組織が支払ってきた“信頼の維持コスト”**だったとも言える。
そして今、そのコスト構造そのものが変化している。
価格・信用・立ち位置の3軸で見る変化の正体
学歴プレミアムの「価格」が下がり始めている
かつて大卒は、教育投資に対して明確な“リターン”を得られる立場にあった。
入学金と4年間の学費という高額なコストを支払う代わりに、
卒業後は企業がそのブランドを信頼し、高い初任給を保証していた。
しかし、近年の就職市場では学歴プレミアムの価格が下落している。
大卒であっても非正規雇用に就く割合が増え、
学歴による給与格差が「制度的な優位」から「慣性的な差」に変わりつつある。
これは、企業にとっても“学歴”というラベルが
信用の省略装置として機能しなくなったことを意味している。
採用や昇進において「どの大学を出たか」ではなく、
「どのように実績を示せるか」「どのように学び続けているか」が
価格形成の基準になり始めている。
組織的信頼から、個人的信頼への移動
高度経済成長期から平成初期までは、
企業が社員を“終身雇用”で守る代わりに、
社員は“忠誠”と“所属”をもって信頼を返していた。
ここでは、大学卒という肩書きが“信頼の初期値”として機能した。
しかし、雇用の流動化とともに、
「所属に基づく信用」から「行動に基づく信用」へと
信頼の重心が移動している。
SNSやポートフォリオ、プロジェクト履歴など、
個人のアウトプットが可視化される現代では、
企業の中ではなく“社会空間”に信用が蓄積されていく。
学歴が保証する信頼は、静的である。
しかし、実践で積み上げられる信頼は動的だ。
今、社会の信用構造はこの「静から動」への移行を続けている。
誰が信頼を“担保”するのかの構造変化
この構造の変化で立ち位置が有利になったのは、
組織の中に依存しない個人ベースの実践者である。
クラウドワークスやココナラなどのスキルシェア市場では、
学歴はほとんど意味を持たない。
代わりに「レビュー」「評価」「納品履歴」が信頼の通貨として機能する。
この構造下では、学歴による初期の信頼よりも、
行動による信頼更新の頻度が収入を左右する。
つまり、企業が「学歴で担保していた信用」を、
いまや個人が「実績と関係のネットワーク」で担保している。
学歴は、もはや“入口の信頼”でしかない。
“継続の信頼”を維持するためのコストを、
企業ではなく個人が引き受けている——
この点において、学歴差は構造的な信頼コストの移動と見ることができる。
学歴が“社会的保証”だった時代の終わり
この構造転換の分岐点は、2000年代後半のインターネットの普及と
SNSの台頭にある。
それまでの社会では、
学歴・職歴・所属が信頼の「代理変数」として機能していた。
企業は「東大卒」「大企業出身」というラベルを信頼の基準とし、
それが人事評価や給与水準を安定させていた。
しかし、YouTube、Twitter(現X)、LinkedInなどで個人が直接発信し、
成果を可視化できるようになったことで、
「見えない信用」が「見える信用」へと変わった。
このとき、企業や大学といった“信頼の代行機関”の役割は希薄化した。
つまり、学歴は「社会的保証」ではなくなり、
個人が自らの発信・関係・実績をもって信用を再構築する時代に入った。
信頼が“固定”から“循環”へ移行する社会
この流れが続くと、社会の信頼構造は
「固定的な保証」から「循環的な関係」へと完全にシフトしていく。
価格の面では、学歴による初任給格差が縮小し、
個人の信頼更新能力——つまり“関係を動かせる力”が報酬を左右するようになる。
信用の面では、履歴書ではなく**「実践のアーカイブ」**が信頼通貨化する。
AIによる信用スコアや、個人の実績がブロックチェーン上に蓄積されるような仕組みも、
この流れの延長線上にある。
立ち位置の面では、大学は「教育機関」ではなく、
信頼の“発信基地”へと役割を変える可能性がある。
学歴の価値は入学時ではなく、社会との接続設計に依存するようになるだろう。
このとき、大卒と高卒の差は単なる賃金格差ではなく、
信頼構築に要するコストの違いとして整理されていく。
学歴がなくても信頼を築ける環境が整えば、
「高卒=不利」という構図は、時間の経過とともに薄まっていく。
判断は読者に委ねる
大卒と高卒の収入差は、依然として存在する。
しかし、その意味は変わりつつある。
それは「知識量の差」でも「努力の差」でもなく、
社会が信頼をどこに置くかという構造的な選択の差である。
信頼の重心が学歴から実践へ、
所属から関係へ、
固定から循環へと移る中で、
私たちは“信用の再設計”の只中にいる。
学歴の価格が下がっても、
信頼を築く力の価値は、
むしろ高まっているのかもしれない。