現象の観測
都市と地方、2つの生活を行き来する人が増えている。
平日は会社勤め、週末は地元で家族と過ごす。
オンライン会議の合間に畑を手伝い、
副業やリモートワークを組み合わせて暮らしている。
一見すると、余裕のある生き方に見える。
しかし実際は、「1か所に依存しないための構造的選択」だ。
コロナ禍で一時的にリモートが広がり、
その後に地方移住や二拠点生活を選ぶ人が現れた。
彼らは、“止まったときにすべてがゼロになる”構造を避けようとしている。
なぜ起きるのか
多くの仕事は、時間に依存している。
働いた時間が報酬に変わり、止まれば収入も止まる。
つまり、止まるとゼロになる構造の中にいる。
さらに、働く場や顧客が1つの都市や会社に集中すると、
その外部要因に生活が引きずられる。
経済や環境の変化、家族の介護、健康の問題。
ひとつの場所に収入源を集中させるほど、
止まるリスクも比例して大きくなる。
二拠点生活は、
この“外部依存”を緩やかに分散する仕組みとして機能している。
働く場と暮らす場をずらすことで、
収入が単線ではなく面になる。
平面と立体の違い
平面的な働き方では、1本の線で生活が支えられている。
仕事が止まれば、線が途切れ、生活も止まる。
一方で、二拠点で生きる人は、
複数の面で生活を支える履歴として残る構造を持っている。
たとえば、都市で培ったスキルが地方の仕事につながる。
地方で築いた関係が都市のプロジェクトに還元される。
仕事の成果や信頼が、場所を越えて積み重なる。
その層が立体的に重なり、1か所が止まっても全体は動き続ける。
“動ける”というより、“止まっても崩れない”構造。
それが、立体的に生きるということだ。
立ち位置に回収
二拠点で生きる人の共通点は、
どの場所でも「自分の立ち位置」が揺れないことだ。
仕事の肩書きではなく、役割や関係性で自分を捉えている。
都市ではプロジェクトを進め、地方では人をつなぐ。
どちらも自分の位置から発信している。
その立ち位置が揺れないからこそ、
拠点を増やしても構造が崩れない。
「どこにいるか」より、「どんな関係を積み重ねているか」
立体構造をつくる人は、
場所を変えても信用の層を積み続けている。
結論は断定しない
二拠点で生きることは、
贅沢でも逃避でもないのかもしれない。
止まることを恐れるのではなく、
“止まっても続く構造”を先に設計しているだけだ。
分散とは、不安ではなく余白の設計。
それは、立体的に生きる人たちの新しい安定の形にも見える。
どこに拠点を置くかではなく、
どの構造を選ぶか。
その選択が、これからの“信用の地図”を描いていくのかもしれない。
