現象の観測
リモートワーク、副業、オンラインコミュニティ。
都会での生活をいったん離れ、
地元や家族のそばに拠点を置く人が静かに増加している。
理由はさまざまだ。
家族の介護、子どもの誕生、健康の回復、
あるいは都市での消耗からの離脱。
ただ共通しているのは、
“収入の多さ”ではなく“続けられる構造”を優先していることだ。
地方での暮らしは、
確かに収入が減ることもある。
それでも戻る人たちは、
働き方の安定よりも、生き方の持続を選んでいるように見える。
なぜ起きるのか
都市での働き方は、
時間を切り売りする「時間依存型収入」が中心にある。
働いた時間が収入を生み、止まれば収入も止まる。
いわば、止まるとゼロになる構造の中で生きている。
さらに、都市の生活は外部依存が強い。
企業の仕事、交通網、家賃、サービス。
それらが止まれば、生活全体が止まる。
この構造の中で、
「休む」ことが許されにくい仕組みができている。
地方に戻るという選択は、
この外部依存から一度距離を置く行為でもある。
収入を最大化するのではなく、
「止まっても生きられる構造」への再接続だ。
平面と立体の違い
都市の働き方は平面的だ。
毎月の給与という線で生活を支える。
その線が切れれば、すぐに生活も崩れる。
一方で、地方の働き方は立体的だ。
近所との助け合い、家族との共有、畑や副業など、
複数の面が重なって支える。
時間を使いきるのではなく、
生活の痕跡が履歴として残る構造を持っている。
それは効率ではなく、層の厚みの問題だ。
一つが止まっても、他の層が支える。
“働く”が単独ではなく、“生きる”と繋がっている。
立ち位置に回収
地方に戻ってもうまくやっている人には、共通点がある。
場所を変えても、立ち位置が揺れないことだ。
仕事の肩書きではなく、
「自分が何を提供できるか」を理解している。
地域の中に関係を築き、信頼を積む。
それがそのまま立体的な収入構造になっていく。
揺れない立ち位置を持つ人は、
都市にも地方にも依存しない。
“どこにいるか”より、“どう在るか”で働いている。
その構造が、安定を超える「持続」を生んでいる。
結論は断定しない
地方に戻るという選択は、
逃避でも理想でもないのかもしれない。
都市の平面構造から離れ、
自分のペースで立体構造を築こうとする人たちがいる。
それは、安定よりも“関係の厚み”を選ぶ生き方。
お金を稼ぐことと、生きていくことのあいだに、
どんな構造を持つか。
その答えは、場所ではなく、
立ち位置の中にあるのかもしれない。
