現象の観測
深夜のコンビニ、朝のカフェ、週末のイベント設営。
同じ人が別々の場所で働いている。
それは「掛け持ち」というよりも、
「止まることを恐れて動き続ける構造」に近い。
生活の支え方が細分化されている。
ひとつの職場が止まっても、別の場所で補える。
けれど同時に、どこにも「自分の時間」が残らない。
次のシフトが決まるまで、未来が宙に浮く。
これは一見、自由のようでいて、
実は“収入を止めないための持続戦略”でもある。
その戦略がどこまで続くのか、観測してみたい。
なぜ起きるのか
フリーターの多くは「時間依存型収入」に縛られている。
働く時間を減らせば、収入は比例して減る。
体調を崩したり、家族の介護が始まれば、
その時間構造はすぐに歪む。
外部依存も強い。
勤務先のシフト、契約更新、店舗の経営状況。
それらの外側の事情で、収入の線が簡単に切れる。
だから、止まることが“ゼロ”になる構造の中で、
動き続けるしかない。
「動き続ける自由」と「止まれない不自由」は、
ほとんど同じ構造の裏表だ。
平面と立体の違い
この構造を平面で見ると、
「時間=収入」という1対1の線が引かれている。
その線が切れれば、収入はゼロになる。
これが、止まるとゼロになる構造。
一方、立体で見ると違う。
過去の経験・信頼・履歴が“層”として積み上がる。
それが仕事の依頼につながり、
短期の休止があっても“面”で支えられる。
つまり、履歴として残る構造だ。
立体的に働いている人は、
「時間」を使って終わるのではなく、
「時間の痕跡」が信用の層に変わっていく。
立ち位置に回収
フリーターでも、収入を止めずに生きている人がいる。
その人たちは「どこで働くか」ではなく、
「どう在るか」の立ち位置を持っている。
複数の職場を横断しても、
自分の軸が揺れない。
“誰と関わるか”を自分で選び、
“何を提供できるか”を把握している。
それは職業ではなく、立ち位置が揺れない生き方だ。
立体構造を築く人は、働き方を選んでいるようでいて、
実は「位置」を選び続けているのかもしれない。
結論は断定しない
フリーターという形は、
社会が柔らかくなる前触れのようにも見える。
“止まらないために働く”構造は、
やがて“履歴として残る”構造へと進化していくのかもしれない。
けれど今はまだ、
動き続けることが唯一の安定に見える時代の中にいる。
「働く」と「生きる」のあいだに、
立ち位置を持てる人だけが、
その構造を立体に変えていけるのかもしれない。
