現象の観測
親の介護が始まると、生活の時間割が崩れる。
仕事の合間に病院へ行き、急な呼び出しに対応し、
夜は連絡の通知を気にしながら眠る。
自分の時間が、他者の時間に吸い込まれていく。
副業やフリーランスとして働いていた人でも、
介護が始まると、急に手が止まる。
作業時間が減り、納期に追われ、
気づけば“続けること”自体が難しくなる。
介護は、生活のイベントではなく、
経済構造そのものを変える現象だ。
それは、個人の働き方に“止まる要素”を直接挿入してくる。
なぜ起きるのか
現代の収入構造の多くは、時間依存型にある。
働いた時間が報酬に変わり、
止まれば、収入も止まる。
これが、止まるとゼロになる構造だ。
介護は、その「止まる瞬間」を生活に組み込む。
予定外の通院、夜間の対応、精神的な疲労。
どれも短期的に見れば小さな中断だが、
それが積み重なることで、
経済のリズム全体が変わっていく。
さらに、介護は外部依存型の構造でもある。
制度・施設・家族の協力に支えられながらも、
そのどれもが完全にはコントロールできない。
「働く」と「支える」の間に、
社会的な構造の摩擦が生まれる。
平面と立体の違い
平面的な収入構造では、
自分の時間を線のように使い、
その線が止まるたびに収入も止まる。
介護が始まると、その線は細く、短く、断続的になる。
一方、立体的な収入構造では、
過去の信頼や関係、仕組みが
履歴として残る構造を形成している。
仕事が一時的に止まっても、
誰かが引き継ぎ、仕組みが回り続ける。
それは、時間の効率ではなく、層の厚みの問題だ。
平面は速いが脆く、
立体は遅いが支え合える。
介護が始まると、その差がはっきりと現れる。
立ち位置に回収
介護と仕事を両立できる人には、共通点がある。
「役割」ではなく「立ち位置」を持っていることだ。
働く人でもあり、支える人でもあるという曖昧さを、
自分の中に許容している。
立ち位置が揺れない人は、
一時的に仕事が止まっても、構造が崩れない。
それは、他者との信頼が層になって残っているからだ。
時間を使い切るのではなく、
時間を履歴に変えてきた人たち。
その積層が、介護という現実を支えている。
結論は断定しない
介護が始まると、収入構造は確実に変わる。
だが、それは崩壊ではなく、転換のきっかけでもあるのかもしれない。
止まるとゼロになる構造のまま続けるのか、
履歴として残る構造を育てていくのか。
その選択は、制度でも職種でもなく、
「どんな立ち位置で働くか」によって決まるように見える。
介護とは、働き方の限界ではなく、
立体構造への入り口なのかもしれない。
