「大学のブランド価格」が下がり、“実践の信用”が上がる時代

売れない行動を止めたい人へ。

前提条件と立ち位置を修正する設計書。

📘 CredLayer 世界観ブック

ー 日常の中に、もう一つの経済圏を ー

▶ 無料ダウンロード
定点観測

ブランド大学の看板が、就職保証にならなくなっている

かつて、大学のブランドは個人の「社会的通貨」として強力に機能していた。
東京大学、慶應義塾大学早稲田大学、京都大学——。
名前ひとつで企業が採用を決め、社会が信頼を寄せる構造が存在していた。

しかし、2020年代に入りその前提はゆっくりと崩れている。

ブランド大学を出ても希望の職に就けない。
一方で、非大卒でも、SNS発信や個人プロジェクトを通じて
企業や顧客から直接仕事の依頼を受ける若者が増えている。

大学名よりも、**「何をつくり、どう行動したか」**が信用の根拠になり始めた。

教育の現場だけでなく、企業や個人の評価構造においても、
“学歴の価格”が下がり、“実践の信用”が上がっていることが観測される。

価格・信用・立ち位置の再配置が進行している

大学ブランドの「市場価値」は希少性を失いつつある

大学進学率は今や80%に迫り、かつての「選ばれた層」ではなくなった。
供給過多になった結果、大学ブランドの希少性が下落している。

また、企業が採用時に重視する指標も変化している。
AIスキル、データ分析、クリエイティブ、そして人間関係の構築力。
こうした「実践能力」は大学の偏差値では測れない。

大学が発行してきた「ブランド価格」は、
社会全体の構造変化によって相対的な価値を失いつつある
代わりに、実践から生まれる信用が、市場での新しい“通貨”になっている。

知識の証明ではなく、行動の記録が信頼になる

大学の学位は知識の証明であり、一定の信用を担保してきた。
しかし今、その信用の重心が**「知識」から「行動」へ**移動している。

SNSでは、学歴ではなく「どんな発信をしているか」「誰と何をしたか」で評価される。
noteQiitaZennのようなプラットフォームでは、
アウトプットの質そのものが履歴書になる。

また、企業も採用過程で「実績リンク」や「GitHubアカウント」を求めるようになった。
つまり、信用は大学の外に流出し、**「実践のアーカイブ」**として可視化されている。

知識を「持っている」ことではなく、
それを「どう使ったか」「どんな関係性を生んだか」が信用の軸になる。

学びを“提供する側”より、“実装する側”が強くなる

教育機関が知識を提供し、学生が受け取る——この非対称な構造も変化している。
いまは、学生が主体的に学びを実装し、社会に還元する動きが広がっている。

たとえば、企業インターンシップ、クラウドファンディングを活用した自主企画、
オンラインコミュニティでの共同制作。
そこでは、大学の講義よりも現場との関係性が信用を生む。

この構造下では、知識の所有者よりも、
知識を動かせる人間が有利な立ち位置を得る。
つまり、教育の“供給者優位”から“実践者優位”へ。

知識が閉じた場所から、オープンな関係網に移動したことで、
信用の分布そのものが変わりつつある。

前提が変わったのは「知識の流通構造」が開かれたとき

大学ブランドが力を持っていた時代、
知識は限られた場所に集約されていた。
教授の講義、図書館、研究室。
知識は「アクセスできる者」と「できない者」を分ける壁だった。

しかし、インターネットと生成AIの登場がその前提を崩した。
無料のオンライン講義、オープンアクセスの論文、
生成AIによる質問と検索の高速化。

知識が「共有資産」となったことで、
大学の独占的なポジションが薄れていった。

この変化により、社会の中で「学ぶこと」の意味が変わった。
大学で知識を受け取ることよりも、
自分で問いを立て、試行錯誤を可視化することが評価されるようになった。

つまり、ブランド大学の価値が下がったのではなく、
知識流通の設計思想そのものが反転したのである。

信用が“大学名”から“学びのプロセス”へ移行していく

この構造が続くと、社会は「実践の信用」を軸に再編されていく。

価格の観点では、大学のブランドは依然として一定の価値を保つものの、
その価格は「初期の信用保証」としての意味しか持たなくなる。
以降は、学び方・働き方・関係性の構築力が個人の信用を決定づける。

信用の観点では、大学名ではなく、
「何を学び、どのように更新しているか」が見える化される。

ポートフォリオ、SNS、プロジェクト履歴など、
“学びの過程”が信頼通貨化していく。

立ち位置の観点では、
大学は知識の提供者から「学びの編集者」へと役割を変える。
学生は、学ぶ者であると同時に、社会に学びを還元する“実践者”となる。

このとき、教育は閉じた制度ではなく、
社会全体で更新される“オープンエコシステム”になる可能性がある。

判断は読者に委ねる

ブランド大学の看板が薄れていくのは、
単なる教育制度の衰退ではない。

むしろそれは、知識の民主化が進んだ証でもある。
誰でも学べる環境が整い、
学びを社会に還元できる人が正当に評価される流れが生まれつつある。

その中で問われているのは、
「どこで学んだか」ではなく「どう実践したか」。
「肩書き」ではなく「再現性」。

大学のブランド価格が下がることは、
教育の価値が失われることではない。
むしろ、学びが社会全体に分散し、信用の新しい形を生むための過程なのだ。

田野しー

日常の中にある「小さな違和感」や「社会の変化」を、一歩引いた視点で観測しています。このブログは、学ぶためのものではありません。前提条件と立ち位置のズレを観測し、判断が狂い始める構造を、メディアとしてこの場に残しています。

霧で未来が見えない人交流会

田野しーをフォローする

売れない行動を止めたい人へ。

前提条件と立ち位置を修正する設計書。

📘 CredLayer 世界観ブック

ー 日常の中に、もう一つの経済圏を ー

▶ 無料ダウンロード
定点観測
立ち位置を移す場
シェアする
田野しーをフォローする
タイトルとURLをコピーしました