休日の駅で、スーツケースを引く人が減っている。
観光地では、平日と休日の差が小さくなった。
若い世代の旅行消費は、ゆるやかに縮んでいる。
SNSでは、旅の写真よりも、家で撮られた映像が増えている。
目的地ではなく、生活そのものが記録の対象になっている。
繰り返し見られるのは、移動よりも“滞在”に重きを置く傾向だ。
「どこへ行くか」より「どこにいるか」
動かないことが、安心として機能している。
多くの人が見落とすのは、
旅をしないことが“行動の欠如”ではなく、
構造の変化として起きている点だ。
交通や宿泊の費用が上がったことよりも、
「移動しなくても世界に触れられる」という環境の変化が先にある。
画面越しの体験が、距離の感覚を上書きしている。
この構造の中では、
旅は非日常ではなく、日常の延長に吸収されていく。
移動の特別さが薄れ、目的が曖昧になる。
若者が旅をしなくなったのではない。
旅が、生活の中に沈んでいっている。

日常の中にある「小さな違和感」や「社会の変化」を、
一歩引いた視点で観測しています。
このブログは、学ぶためのものではありません。
前提条件と立ち位置のズレを観測し、
判断が狂い始める構造を、メディアとしてこの場に残しています。

