AIが進んでも、生きる意味を見失わなかった理由

学びと成長

正直に書きます。

最初から、「これで人生変わる」とか「すごい結果が出る」とか、
そんな期待はしていませんでした。

むしろ、「まあ、合わなかったらやめればいい」

そのくらいの気持ちでした。

それなのに、

気づいたら今も、ここにいます。

何か大きな成果が出たわけでもなく、

分かりやすく稼げたわけでもなく、

人に自慢できる話もありません。

それでも、やめようと思わなかった。

今思うと、そこが一番の変化だった気がします。

以前の自分は、

何かを始めるたびに、「結果が出るかどうか」で判断していました。

出なければ、向いてないと思ってやめる。

そんな繰り返しでした。

でも、ここでは少し違いました。

無理に前に出なくてもいい。

全部理解しなくてもいい。

何者かにならなくてもいい。

そういう空気があって、

気づいたら「続けている自分」がいました。

最近、かずくんが言っていました。

「AIが進んでいくと、生きる意味がわからなくなるよ」って。

その言葉を聞いたとき、たぶん、自分の中で何かが変わりました。

“結果を出すために生きる”とか、

“評価されるためにやる”という生き方がどんどん意味を失っていく気がして。

じゃあ、自分にとっての“生きる意味”はどこにあるんだろう。

そう考えたとき、

たぶんそれを探せる場所が、awabotaなんだと思いました。

レイヤーが上がった、と言われることがあります。

正直、それがどういう意味なのか、まだちゃんとは分かっていません。

でも確かに、

焦りや比較で動いていた自分から、
少しずつ静けさの方へシフトしている感覚はあります。

“何かをしよう”というより、

“流れの中で見えてくるものを信じてみる”感覚。

たぶん、それが今の自分に起きている変化です。

何が変わったのか聞かれると、

うまく言えません。

生活が劇的に変わったわけでもないし、考え方が一気に変わった感じもしない。

ただ、焦らなくなった。

これだけは、はっきりしています。

以前は、何か遅れている気がして、何か足りない気がして、
常に気持ちが急いでいました。

今は、「今はこの位置でいい」そう思える時間が増えました。

それが正解かどうかは分かりません。

でも、少なくとも、前より楽です。

このブログも、

誰かに何かを伝えたいというより、自分の整理として書いています。

たぶん、分かる人だけ分かればいいし、
分からなくても問題ない。

ただ、期待してなかった自分が、まだここにいる。

それだけで、今は十分だと思っています。

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