アクセスが増えない。
反応がない。
収益が出ない。
そのとき多くの人は、「自分には向いていない」と感じる。
けれど、実際には構造のほうが動いている。
多くのブログコンテンツは、最初からプレイヤーの立ち位置で作られている。
何を書くか、どう当てるか、どう稼ぐか。
判断の基準が、常に外に置かれている。
検索順位。
アルゴリズム。
他人の成功事例。
外の環境が変わるたびに、内部の基準も揺れる。
繰り返し見られるのは、外側の正解に合わせようとする動きだ。
書くことが、答え合わせの連続になる。
外の変化に合わせて書くほど、判断の起点が消えていく。
多くの人が見落とすのは、
疲弊の理由が「能力」ではなく「位置」にあることだ。
判断を外に預ける構造の中では、
書くこと自体が消耗に変わる。
一方で、外の評価を追わない形もある。
反応がなくても、成立するものがある。
それは、外ではなく内に判断を置く書き方だ。
この構造の中で起きているのは、
詰むのではなく、判断が消えること。
動けなくなるのは、自然な流れとして現れている。

日常の中にある「小さな違和感」や「社会の変化」を、
一歩引いた視点で観測しています。
このブログは、学ぶためのものではありません。
前提条件と立ち位置のズレを観測し、
判断が狂い始める構造を、メディアとしてこの場に残しています。
