にぎやかな世界に、僕はなじめなかった
SNSを開くたび、目に飛び込んでくるのは、キラキラした日常、盛り上がる会話、フォロワーの数やいいねの数…。
それが当たり前のように思えて、自分はいつも“静かすぎる”存在なんじゃないかって、不安になっていた。
「こんなこと投稿しても意味ないよな」
「誰も反応してくれなかったら恥ずかしい」
そんなことばかり考えて、気づけば発信することを避けるようになった。
でも、心のどこかでは、「本当は伝えたいことがあるのに」とずっと感じていた。
声が小さくても、伝わることがある
ある日、awabotaの仲間に言われた。
「アンコウの文章、すごく落ち着くし、共感できるよ」って。
その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。
声が大きくなくても、言葉が派手じゃなくても、誰かの心に届くことがあるんだって思えた。
僕の発信は、SNSで目立つタイプじゃない。
でも、それを求めてくれる人がいた。
その存在が、自分にとっての“光”になった。
共感は、大声じゃなくても生まれる
SNSの世界では、「拡散力」がすべてのように思えていた。
でも、発信してみて気づいたのは、数じゃなくて“つながり”が大切だということ。
自分の本音を、無理せず書いたときほど、誰かから「ありがとう」が届く。
それは、バズるよりずっと嬉しい反応だった。
「無理に盛らなくてもいい」
「自分の感性のままでいい」
そう思えるようになってから、SNSが少しずつ居心地のいい場所になっていった。
発信は、自分と向き合うためのもの
発信って、誰かのためにするものだと思ってた。
でも、実は「自分と向き合うための時間」でもあった。
「今日はどんなことを感じた?」
「なにが嬉しかった?なにが苦しかった?」
文章にすることで、自分の心の動きを確かめられるようになった。
それは、にぎやかなSNSの中でも、自分だけの静かなスペースをつくることだった。
静かな発信にこそ、必要としてくれる人がいる
SNSは、にぎやかで、スピードが速くて、ちょっと怖い場所だと思ってた。
でも、そんな場所の中にも、“静かな声”を待ってくれている人がいた。
それが分かったとき、もう「向いてない」なんて言いたくなくなった。
誰かと比べなくていい。
フォロワーの数も、いいねの数も、今は気にしていない。
ただ、自分の気持ちを、自分のペースで言葉にしていく。
その発信が、いつか誰かの背中をそっと押せたらいいなと思う。
キッチンカーで自由な働き方に挑戦したのち、コミュニティ「awabota」に参加。AIやWeb5を学びながら、経験を価値に変える活動に取り組んでいます。挑戦や失敗も楽しむスタイルで、読者の「次の一歩」を応援しています。
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