SNSのタイムラインには、発信する人が並んでいる。
投稿、意見、宣言、宣伝。
どれも「前に出る動き」として機能している。
一方で、発信の流れを整理する人がいる。
どの投稿が注目され、どの発言が流れを変えたかを静かに見ている。
彼らは前に出ず、名前を残さない。
番組の編成のように、何を出すかを決める存在がいる。
ただし、そこに顔はない。
動きを作るのではなく、動きを整える。
書く人と観測する人の境界は曖昧になっている。
AIが文章を生成することで、誰でも“書ける”時代になった。
だからこそ、どこに立って書くかが分かれ目になる。
観測者は、反応を集めない。
世界を“動かす対象”ではなく、“見える構造”として扱う。
判断はしても、主張はしない。
表に出ないまま、枠組みを保つ人たちがいる。
その存在は、名前ではなく位置でわかる。
彼らは、ただ消えない。

日常の中にある「小さな違和感」や「社会の変化」を、
一歩引いた視点で観測しています。
このブログは、学ぶためのものではありません。
前提条件と立ち位置のズレを観測し、
判断が狂い始める構造を、メディアとしてこの場に残しています。

