開発は特別な人のもの?ゼロから始めた僕が“やってみよう”と思えた理由

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開発って、特別な人だけの世界だと思ってた。

自分には関係ないし、一生できる気もしなかった。

だけど、ある日。すぐ近くにいた人が、自然にコードを書いていた。

楽しそうで、怒らないで、ちょっとずつ進んでいて。

「こういう人がやってるなら、自分もやってみてもいいかも」って思った。

これは、まだコードを1行も書いたことがない僕の、小さな“きっかけ”の話。

実はこの話も、ほんの数週間前のことだ。今まさに、僕は“やってみたい”と“でも怖い”の間にいる。

何かを始めようとすると、頭の中で「無理だよ」「続かないよ」という声が聞こえる。

それでも、なぜか開発の世界は、他の何かよりも気になって仕方がない。

理由は分からない。でも、心が動いてる。

開発=難しい・頭いい人のものだと思っていた

理系の人、天才、すごい人がやるものってイメージだった。
数字と英語の羅列が並ぶ画面を見ただけで、「自分には無理だ」と思ってしまう。
実際、学校の勉強も得意じゃなかったし、パソコンにも詳しくない。
だからこそ、「やらない理由」は山ほど持っていた。
でも、心のどこかで、ほんの少しだけ憧れていた自分もいた。


その人は、黙々と楽しそうにコードを書いていた

ある日、コミュニティのイベントで出会った人が、黙々とコードを書いていた。
「これ、やってると時間忘れるんだよね」って笑いながら話す姿が、すごく自然だった。
自分が思っていた「開発者=かっこいい人」とは、ちょっと違っていた。
その人は、無理に頑張ってる感じも、偉そうな雰囲気もなくて、ただそこに“暮らし”として開発があった。
その姿を見て、「やってみてもいいんだ」と、少しだけ思えた。

一緒にいたその人は、開発だけで生きてるわけじゃない。
買い物にも行くし、たまにSNSに弱音を吐いたりもする“普通の人”だった。
でも、コードを書いてるときだけは、すごく楽しそうだった。
「自分の手で何かを作る」って、たぶんどんな分野でもワクワクする。
開発の世界にも、そんな“人間らしさ”があるんだと思った。


「やってみたい」って言ったら、怒られなかった

開発に興味はあるけど、どこから手をつけていいかわからない。
そんなモヤモヤをそのまま話してみたら、「まずはコードを読んでみたら?」と返ってきた。
やさしい声だった。
スクールでも教科書でもなく、隣にいる“普通の人”の言葉だったからこそ、スッと入ってきた。
「読んでもいいんだ」「触ってみてもいいんだ」。
そう思えたとき、開発の世界が一気に“現実のもの”になった気がした。


できることはまだない。でも、やってみたくなった

今の自分には、まだ何もできない。
コードも書けないし、何かを作る知識もスキルもない。
だけど最近、GPTに「このコード、なにしてるの?」って聞いてみた。
そしたら意外と面白かった。
「わからないことをわからないままにしない」って、少し気持ちがラクになった。
誰かの隣で“わからないままでもいい空気”があったから、怖くなかったんだと思う。

難しさも、挫折も、たぶんこれから出てくると思う。
でも、最初からうまくやろうとしないで済むって、少しだけ心が軽くなる。
開発はまだ“できないこと”の塊だけど、触れようとしてる今の自分を、ちゃんと認めてあげたい。
進んでなくても、戻っても、止まってもいい。ただ「向いてる」だけで充分だ。


まとめ

まだ何も作れない。コードも書けない。
でも、誰かの隣で“やってみてもいいのかも”って思えたことは、
きっと自分の中の小さな一歩だった。
はじめから完璧じゃなくていい。
わからないまま、戸惑いながらでも。
そんな「開発の入口」に立てた気がしている。

これはまだ、始まりの前の話。
でも、こんな風に誰かの姿から「やってみたい」が生まれたなら、
それはきっと、未来への準備が整い始めたサインだと思ってる。


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