Amazonでは誰がやっても同じ。awabotaでは「自分」が必要だった

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大きな会社にいると、“個人”はかき消える

Amazonで働いていた頃、業務は効率化され尽くしていて、ルール通りに動けば滞りなく一日が終わった。

「誰がやっても変わらない」──それが最大の強みであり、でも僕にとってはどこか虚しさも感じていた。

仕事はシステマチック。感情や個性はなるべく出さず、マニュアル通りに行動する。

それは安全で正しい。でも、気づけば自分が“ただのコマ”のように感じていた。

自分の意見を出す場もないし、出しても反応は薄い。やがて、考えることすらやめてしまった。

正解を探す癖がついていた日々

そんな環境で長く働いていたせいか、「自分の頭で考える」ということが難しくなっていた。

何をするにも、まず「正解は何か?」を考える。

それが正しいと信じて疑わなかった。

でもその“正解”って、誰かが作った正しさに過ぎなかったんだ。

自分の人生なのに、他人の地図をなぞるように生きていた。

失敗したくない、怒られたくない、評価されたい──

そんな気持ちが、自分の感情や声をどんどん遠ざけていった。

awabotaで「自分の言葉」で話すことを求められた

そんな僕が出会ったのが、コミュニティ「awabota」だった。

最初はただの「AIやWeb3を学ぶ場所」だと思っていたけど、実はそれ以上だった。

ここでは、自分の気持ちや考えを「自分の言葉で」発信することが求められる。

ルールもマニュアルもない。

「正解」ではなく、「今の自分がどう思ってるか」が一番大切にされる。

最初は戸惑った。

「そんなこと言って意味あるの?」「誰が聞いてくれるの?」

でも、まわりのメンバーは否定せずに、僕の言葉をちゃんと聞いてくれた。

それがすごく新鮮だった。

思考停止から抜け出すきっかけになった

Amazon時代にしみついた“無難にこなす思考”から抜け出すのは簡単じゃなかった。

でも、awabotaでの会話やフィードバックを通じて、少しずつ「自分のままでいい」と思えるようになった。

例えば、「このテーマで記事書いてみない?」と提案されたとき。

昔の僕なら、「それって誰向け? 正解あるの? ウケるの?」と考えて終わってた。

でも、今は「自分が書きたいなら書いてみよう」と思えるようになった。

考えすぎず、動いてみる。

失敗しても、誰も責めない。

むしろその経験が「ネタ」になる。

そんな空気の中で、「やってみる」が楽しくなった。

これからは“誰か”じゃなく、“自分”の名前で生きていきたい

Amazonでは、肩書きや役割が先にあって、僕という存在はその中に埋もれていた。

でもawabotaでは、「自分」が最初にくる。

名前で呼ばれ、考えを聞かれ、発信すれば応援される。

それって、怖くもあるけど、すごく自由だと思う。

誰かのルールの中じゃなく、自分のペースで、自分の人生を設計していける感じ。

僕はこれから、「アンコウ」として発信を続けていく。

完璧じゃなくていい。

うまく話せなくても、失敗しても、ちゃんと僕の声で届けていきたい。

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